創立100年を超える瀧川学園の歴史と伝統
創立者 瀧川辨三 略歴
瀧川学園は、1918(大正7)年に初代学校長、瀧川辨三によって設立されました。
瀧川辨三は、神戸市実業界の代表的名士(当時貴族院議員、元神戸商業会議所会頭)であり、またわが国のマッチ王として、国の内外に令名の高い人物でした。
かねてから育英の志厚く、当時の困難な進学事情を打開し、品性学力共にすぐれた生徒を育て、国家社会に貢献したいとの決意のものに、名誉や営利を全く考えず、社会的道義心から学園を設立しました。

校訓

校訓決定のいきさつ
学園の創設に当たり、初代学校長は過ぐる少年時代からの貴重な経験と豊かな人生観、徹底したその人格主義的な立場から、社会を益し、国家に報ずる人材育成の基本について、慎重に考慮しました。
その結果、われらが日常守りつとめねばならぬ数々の事柄のうち、最も大切なことがこの3つであるとし、これを校訓とするに至りました。
『 諸君は燃ゆる希望と悦びとを抱いて、本日學窓を出て、實社会に、或いは専門の學校に、進まれるであらう。然し世の中の行路は、坦々ではない。波あらう。嵐もあらう。だから、健康に注意し、如何なる苦難に對しても之を悦んで迎へよ。然らば、その瞬間より、その苦難は、もう既に苦難ではない 』
1920年(大正9)3月8日
旧制滝川中学校初代校長 瀧 川 辨 三
第一回卒業式 式辞(抜粋)


